2017年7月4日火曜日

『週刊金曜日』17年6月30日号掲載拙稿への補足

 『週刊金曜日』2017年6月30日号の拙稿で触れることができなかった、『読売新聞』による『朝日』バッシング記事の問題点をここで明らかにしておきましょう。
 とりあげるのは2014年8月30日朝刊(東京)の「[検証 朝日「慰安婦」報道](3)「軍関与」首相訪韓を意識(連載)」、および中公新書ラクレ版『徹底検証 朝日「慰安婦」報道」(読売新聞編集局)のうちこの記事をもとにした部分(58〜65ページ)です。

 これらでやりだまにあげられているのは『朝日新聞』が1992年1月11日の朝刊一面トップで「慰安所 軍関与示す資料」などと報じた記事です。ご記憶のとおり、この記事については宮澤首相の訪韓を直後に控えた時期に掲載されたことが、『朝日』バッシャーたちに問題視されてきました。個人的には、新聞が“政権の打撃にならぬよう、掲載時期を配慮しよう”などと忖度することこそジャーナリズムの自壊を招くと思いますが、その点は措いておきます。

 8月30日付の記事は次のように始まっています。
 朝日新聞は、1992年1月11日朝刊1面トップで再び「スクープ」を放つ。 最も大きな横見出しは「慰安所 軍関与示す資料」だ。加えて、「防衛庁図書館に旧日本軍の通達・日誌」「部隊に設置指示」「募集含め統制・監督」「『民間任せ』政府見解揺らぐ」「参謀長名で、次官印も」と、合計6本もの見出しがつけられていた。
 通常はスクープでも、記事を目立たせる狙いがある見出しは3、4本程度だ。
 破格の扱いの記事は日本政府に大きな衝撃を与えた。最大の理由は、当時の宮沢喜一首相の訪韓を5日後に控えた「タイミングの良さ」にある。 朝日は今年8月5日の特集記事「慰安婦問題を考える」で、「宮沢首相の訪韓時期を狙ったわけではありません」と説明した。だが、92年の記事は「宮沢首相の十六日からの訪韓でも深刻な課題を背負わされたことになる」と書いている。宮沢訪韓を意識していたことは確実だ。
冒頭の一行で「スクープ」が「 」付きなのは、同じ記事の中でこの1月11日トップ記事のスクープ性が否定されるからです。
 記事は、防衛庁(当時)の防衛研究所図書館で、戦時中の慰安所設置や慰安婦募集に日本軍が関与していたことを示す資料が見つかったという内容だった。 現代史家の秦郁彦氏は著書「慰安婦と戦場の性」(新潮社)で、朝日が報道した資料について、「(報道の)30年前から公開」されており、「軍が関与していたことも研究者の間では周知の事実」だったと指摘した。  朝日自身、翌12日の社説で、「この種の施設が日本軍の施策の下に設置されていたことはいわば周知のことであり、今回の資料もその意味では驚くに値しない」と認めている。
「周知」のことを報じたにすぎないのだからスクープの名に値しない、と言いたいのでしょう。見出しの数まであげつらっているのは、“たいした内容でもないくせにスクープであるかのごとく騒いだ”と言いたいからかもしれません。

 ところが、です。もし『朝日』の報道内容が「周知のこと」にすぎなかったのであれば、宮澤首相をはじめ日本政府首脳もまたそのことを承知していておかしくなかったはずです。それまで日本政府は「従軍慰安婦なるものにつきまして(中略)やはり民間の業者がそうした方々を軍とともに連れて歩いているとか、そういうふうな状況のよう」(1990年6月6日参院予算委)などと答弁していたわけですが、日本政府はこのときすでにこの答弁が虚偽であることを承知していたか、あるいは承知していて当然だったことになります。

 もし宮澤首相らがこの文書の存在を承知していたのであれば、訪韓を控えたこの時期すでに対策を準備しておくのが当然であり、『朝日』の報道によって「大きな衝撃」をうけたりするのはおかしい、ということになります。もし『朝日』の報道に先立って日本政府が自ら過去の答弁を修正していれば、以後「慰安婦」問題に対する日本政府の姿勢に疑念が抱かれることもなく、日本政府がより主導的に問題の解決に当たることができた可能性は否定できないでしょう。
 また文書の存在を知りながら対策の準備を怠っていたのであれば、宮澤政権こそがその怠慢に関して責任を問われるべきであって、『朝日』の記事のタイミングを非難するのはお門違いということになります。

 もう一つの可能性として、この「周知の事実」は実のところ「周知」といえるほどには広く知られておらず、宮澤首相らは『朝日』の報道までこの文書の存在を知らなかった、というものが考えられます。実際、92年1月11日の『朝日』一面には、「こういうたぐいの資料があるという認識はあった。/しかし、昨年暮れに政府から調査するよう指示があったが、「朝鮮人の慰安婦関係の資料」と限定されていたため、報告はしていない」(「/」は原文の改行箇所、下線は引用者)という防衛庁防衛研究所図書館の資料専門官のコメントが掲載されています。もしこのコメントが真実を述べているなら、専門官らは政府答弁が虚偽であることを示す資料の存在を把握していたにもかかわらず、政府の指示が「朝鮮人の慰安婦」に限定されていたことを盾にとって隠蔽を続けていたことになります。
 この可能性をとるなら、なるほど宮澤首相らが『朝日』の報道によって「大きな衝撃」をうけたのも理解できることになりますが、『朝日』の記事のスクープ性を否定することはできなくなります。なにしろ政府首脳たちが知らない事実を明らかにし、それまでの政府見解をひっくり返す結果をもたらしたのですから。

 先日刊行された『検証 産経新聞報道』収録の拙稿でも似たようなことを指摘しましたが、『読売』は『朝日』バッシングに熱中するあまり、自家撞着を起こしているのです。『朝日』の記事は周知のことを大げさに報じただけのつまらないものだったが、宮澤政権に大きな衝撃を与えた!? それでは単に宮澤政権の首脳たちが間抜けだったということにしかならないではありませんか。

 “民間業者が勝手に連れて歩いただけ”という政府見解が虚偽であることを知っていた/知っていておかしくなかった人間は与党自民党内にもいました。自身が「慰安所」の設置に関わったことが公文書で明らかになった中曽根康弘前首相(当時)や、内務官僚出身の後藤田正晴、奥野誠亮といった議員たちです。彼らが宮澤首相に「官僚はああ答弁しておるが、実は……」と耳打ちしてさえいれば、宮澤首相が“不意打ち”を食うこともなかったわけです。政府与党内の事情を知る人々が口をつぐんで史実の隠蔽を続けようとしていたのであれば、責められるべきは『朝日新聞』ではなく、「慰安婦」問題を歴史の闇に沈めることを意図した政府与党関係者であるはずです。