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「否定論は人間の尊厳にかかわる」

『週刊金曜日』第890号(2012年4月6日号)に掲載された拙稿、「否定論は人間の尊厳に関わる」の元原稿を同誌の許可を得て公開します。雑誌掲載版とは一部の表現が異なっておりますが論旨に違いはありません。なお、本稿は2012年2月20日に、河村たかし・名古屋市長が「いわゆる南京事件はなかったのではないか」と発言したのをうけて執筆したものです。

河村「南京事件否定」発言の背景 河村たかし・名古屋市長の「いわゆる南京事件はなかったのではないか」という発言は、まったく驚くに値しないものだ。彼は2009年9月にも名古屋市議会で今回と同趣旨の発言を行なっていたし、さらに衆議院議員時代の2006年にも、同様の論法で政府に南京事件の否認を迫る質問主意書を提出(注)していたからである。

(注) 当該の質問主意書はこちらで閲覧できる。

 驚くべきはむしろ、このような主張を公然と述べる政治家が政令指定都市の市長に当選し、職にとどまり続けていること、そして元首相を含む国会議員や自治体の首長らが公然と河村発言への支持を表明することができた、ということの方なのだ。石原都知事が記者会見で河村発言への支持を表明した他、安倍晋三をはじめとする複数の国会議員、上田清司・埼玉県知事らは河村発言を支持する集会(「新しい歴史教科書をつくる会」主催)にメッセージを寄せ、衆議院議員で「百人斬り」訴訟の原告代理人でもあった稲田朋美は登壇者として集会に参加している。欧米の公人がホロコーストを否認する発言をすればどのような事態になるか、ご想像いただきたい。

 だがこの社会のマス・メディアの大半は、この驚くべきことにきちんと驚いていないのが実情だ。河村市長が勝利した市長選に際して、彼が南京事件否定論者であることに問題意識をもった報道が果たしてどれだけあっただろうか? いちおうは河村発言と見解を異にする旨を表明した日本政府だが、野田内閣にはもう一人の南京事件否定論者が入閣している。よりにもよって拉致問題担当相を務める松原仁である。だがマスメディアはこうした事実にどれだけ注意を払っていただろうか?

 以下では「河村発言」の背景にあるこの社会の問題点について考えてみたい。

なぜ否定論がいつまでも繰り返されるのか? 河村市長による大虐殺否定の“根拠”なるものに目新しいものは一つもない。いずれも学問的な検証にはおよそ耐えないもので…