2015年2月1日日曜日

「朝鮮人虐殺から『在特会』への記憶の連鎖」

『週刊金曜日』第957号(2013年8月30日号)に掲載された拙稿「朝鮮人虐殺から『在特会』への記憶の連鎖」の元原稿を、同誌の許可を得て公開いたします。雑誌掲載分とは一部の表現が異なっていること、また2013年8月時点での認識に基づく記事であることをご承知おきください。


関東大震災朝鮮人虐殺から排外デモまで—変わらない統治者のまなざし


 在日コリアンへのヘイトスピーチを街頭で叫んできたネット右翼、自称「行動する保守」諸団体への社会的関心が今年に入ってから高まっている。こうした変化それ自体は歓迎すべきことであるが、その一方で懸念すべきことも少なくない。

日本政府の「排外デモ」観

 本稿で問題にしたいのは、安倍内閣や警察当局が排外デモにむけるまなざしである。五月七日に参議院予算委員会でヘイトスピーチへの認識を問われた安倍首相は、日本人は「和を重んじる」国民であったはずだ、などと答弁した。また七月一日に韓国外相と会談した岸田文雄外相は、新大久保などでのヘイトスピーチへの対処を求められて「法秩序を守っていく」と返答したと報じられている。ヘイトスピーチは「和」や「秩序」を乱すふるまいだというわけである。警察の警備方針も「行動する保守」側と反対する市民側とを分断して街頭の「秩序」を維持することを最優先したものである。こうした警備方針からすれば、排外デモもそれに反対する行動も等しく「秩序」を脅かす要因として扱われる。警察のまなざしは、六月一六日の新大久保でのデモに際して、喧嘩両成敗といわんばかりに「行動する保守」側、カウンター側の双方から四名ずつ逮捕したことに象徴的にあらわれている。

虐殺をうんだ「不逞鮮人」視

 ここで私たちが想起すべきなのは、関東大震災時の朝鮮人虐殺の背景として、「不逞鮮人」を秩序の撹乱者とする当時の統治者たちのまなざしがあったことである。震災発生をうけた戒厳令宣告時の内務大臣水野錬太郎と警視総監赤池濃はいずれも三・一独立運動直後の朝鮮半島で朝鮮総督府の官僚として治安行政に携わってきた人物であった。震災後に発生し虐殺を生んだデマは、治安当局の「不逞鮮人」イメージを具現化したものに他ならなかったのである。

 現代の治安行政もまた在日外国人に同じようなまなざしを向けていることは、二〇一〇年一〇月にインターネットに流出した警視庁公安部の捜査資料(在日イスラム教徒を対象としたもの)などからもうかがえる。インターネット上で朝鮮学校を「スパイ養成学校」呼ばわりする発言や「在日の犯罪」についてのデマが多数見られることもまた、「不逞鮮人」視が決して過去のものでないことを示していると言えるだろう。


歴史修正主義と排外主義

 「不逞鮮人」とは植民地支配を甘受しない朝鮮人に貼られたレッテルであるが、植民地支配を正当化する勢力は朝鮮人虐殺についても歪曲や正当化を試みている。『関東大震災—「朝鮮人虐殺」の真実』(工藤美代子、産経新聞出版、二〇〇九)(注)が“正当防衛”説を唱えているのがその一例だ。同書を批判した山田昭次・立教大学名誉教授は工藤が「司法省をはじめとする当時の官憲の態度」を共有していることを指摘し、さらに工藤のような「思想動向」は「行動する保守」諸団体の排外主義的活動や高校無償化からの朝鮮学校の排除として現れている、としている(『世界』、二〇一〇年一〇月号、岩波書店)。

 実際、「行動する保守」の韓国・朝鮮人観の根底にあるのは、“彼らは朝鮮半島を近代化した植民地支配を逆恨みしている”という意識である。ここには歴史修正主義がレイシズムや排外主義を正当化するという構造がある。だが周知の通り、植民地支配正当化論はこの国の統治者たちがしばしば漏らす本音でもある。こうした政府のもとで警察当局が「秩序」維持の姿勢を強調していることに対して、私たちは警戒を緩めるべきではないし、「秩序」ではなく「人権」の観点から排外デモに対峙してゆく必要があるだろう。


(注)その後、加藤康雄名義で書名も『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった! 』と改めてワックから刊行されている。